昭和48年5月31日 朝の御理解
第25節 信心は大きな信心がよい。迷い信心ではいかぬ。一心と定めい。
私は大きな信心をさせて頂けば、大きなおかげが受けられると思うです。ですから、大きなおかげを信心によって受けておると言うなら、その人の信心は私は、大きな信心だと思いますね。例えばあの、甘木のあの平田会長あたりの、とやこう言う人がありますけれども。あれだけ、やはり信心に打ちこんで、あれだけ大きなおかげを受けておられるのですから。確かに、ね、あちらの信心は大きい信心だと言わなければならんという、ね。
けど、大きな信心だけしとって、おかげを頂かんではおかしいです。ね、大きな信心をするから、大きなおかげを頂くのです。ね、もちろん、だからその迷い信心ではいかん。迷いが起こるような信心では、ね。迷うた者がどこ行ったやら分からんといったような事では大きな信心という事にはなりません。私は先日、安部野の、今度春の御大祭、阿倍野の教会です、大阪の。春の御大祭に、御直会に配られたという小さい小冊子を読ませて頂いて、この事をしみじみ感じます。あれだけ大きなおかげ、あれだけ大きなごひれいというものをです、打ち立てておられるという事は、もう確かにあちらの先生の信心が大きいからだと思うです。
もう、私はこれ読んで、一番最後に驚きます事は。毎月、後本部参拝が二列車、二千人お参りがあっておる、毎月。それも驚きですけれども、今度の90年の大祭。今度皆さんがお祭り、ここから250名参りますかね。それも、やっぱり二列車であるという事なんです。もう私はこれを見てから驚きました。日頃どれだけ行き届いた信心が出けとるかという事が分かるですね。はあ、もう普通は例えば二列車じゃから、もう十列車ぐらありゃせんじゃろうかと思うくらいでしょう。ところがですね、これが、こう出てるですよ、やっぱ広告が。やっぱり二列車です。ね、一年間の間に二回だけ一列車という月があったそうです。後、十ヶ月というものは全部二列車、御本部参拝をしておられます。
しかも、んなら90年というな、こういう大変なお年柄だと言うのにです。やはり二列車という事は、もう常日頃が皆が上げて信心しとるという事が分かりますね。私はもう、これだけでも素晴らしいと思いました。もう先生がね、あの、お話になっておる事と、御信者さん方のおかげ話がこれに載っております。私も読みましたから、もう皆さんが一日ぐらいこれを借りて行ってから、回して読んで見て下さっていいと思うんですけれども。もう、一つも(きな?)事も、難しいことを仰っておりません。
どういう事を仰っておるかと言うとですね。例えば、五十年の記念祭が去年済んだ。もう済んだその翌日から、五十五年の記念祭のことを願っておられます。そして、それを信者全部に、いわば祈れと言うておられます。しかも家族を上げて祈れと言うておられます。ね、五十五年の記念祭を仕え、まあ五十年祭でもあれだったから、五十五年祭にはまた一段と輝かしいおかげを頂くだろうが。その時には、皆さんもやっぱり輝かしいおかげが受けられると言うておられます。もう私は本当に驚きました。その事だけと言うか、そういう意味の事だけしかお話になってないです。そして、家族を上げて朝参りをせよという事。
もう、おかげ話の中にありますが、お店なんかの、例えば5人なら5人の店員さんがおると、その5人の店員さんもお参りしております。ね。ですから私は、えー、今朝から控えで幹三郎と直子に、二人に話した事でしたけれど。もう、こんな事を他のモンに言いよると人は笑うかも知れんけれどもね。人には言われんばってんと言うて話して、実際、今はまた話しよる訳なんですけれども。ここに掛かっておる軸の意味が分かるかって私が言うんです。その軸には、下に大きなほていさんの絵書かれてあって、(さん)に、ね、天井に置いては弥勒菩薩、地上に置いてはほてい和尚を書いてある。
いわゆる天井においては生神金光大神。ね、地上においては大坪総一郎という意味に私は頂いておると、こういう話なんです。ね。客殿の小さい方の間に短冊が掛かってる。あれには、ね、もう三千年に一変しか咲かないという桃の花の咲くような時代に生まれ合わせた事がという意味の詩が書いてある。大坪総一郎という人間は、もうそれこそお釈迦様じゃい、キリスト様がです、何千年に一人しかないような御方であるように、私もやっぱりそういう神様の願いの元にこの世に生まれて来てるんだと、私は思うておる。
ね、とても、とてもただ事ではない。ここの手洗いのところに、あの、橋げたを利用して手洗いが出けとるが、あれは西の宮橋と書いてある。ね。言うならば、御本部の東の宮ならば、九州の西の宮は合楽だと神様が言うておられるような思いだと私。と言うて、教祖の神様でもです、生神金光大神としての権威を持ってお取次ぎなさったかと思うと、その反面には無学の百姓で何も知らん、何も分からん無学の百姓だと言っておられるように。なら、私自身もです、これは私の心の中に感じておる事を、子供達二人に今朝、もうそれこそ深閑とした中にね、その事を何か知らん、急に言いたくなったです。
だからその事を二人の子供達に話した事ですけれどもね。と言うて、ならお父さんが何千年に一変しか生まれんごたる大変な人間だって、もし言うたら皆それは、それこそ気違いじゃなかろうかと言うかも知れんけれども、これは私が神様から頂いておる、なら生神としての値打ちというものを持っておるんだという意味なんです。かと言うて、なら私は信心も出けん、修行も出けんから、いわゆる教祖が無学の百姓と仰るなら、私もやはり無学の商人だという事なんです、出が。ね、そういう二面というものがあって、だから私共が本当におかげを頂いて行けば生神としての働きを現す事が出来ると言うのです。
どんなに大きくでも、言うならば無尽蔵に、無限にそういうおかげを現して行ける事が出けるんだと。幹三郎さん、直子さん、アンタ達はどげん思うかて。この合楽教会というものが、お父さんが建てたと思うか、神様が建てたと思うかて。誰が考えてみても、なるほど神様じゃなあと思われるくらいにです、合楽教会の端々、隅々のところまで思うてみて、考えてみて、なるほど神様が建てなさったなという事を思おうが、分かろうが。してみると、合楽教会の為に貴方達が骨身を削るほどしの修行をさせてもらうという事は、神様のために骨身を削る事になるんだぞと。ね。
阿倍野の先生が仰っておられる、阿倍野の教会の、いわば5年先に行われる五十五年の記念祭の事を、みんな願え、願えと仰っとられる。ね、ただ自分が腹を肥やすとか、ただ大きゅうなりさえすりゃ良い、自分がままになりさえすりゃ良いというのではなくてです。この阿倍野の教会と言うのは、伊藤幸という、いわば、まあ普通で言うなら女傑と思われるような人物が現れて、こういう教会を作ったのではなくて、もうどこまでも伊藤幸というのはつまらん私だけれども、神様がこのようにおかげを下さった。
神様が建てなさったんだなという信念があるからこそ、信者の一人ひとりに、ね、次の五十五年の記念祭は、ね、五十年の記念祭に頂いたおかげの、またその上に輝かしいごひれい、おかげを頂かなければならんから、今からしっかりその事だけを願えとこう言うてある。しかも、朝参りをして拝めと。しかも、家族中製を揃えて拝めとこう言っとる。ね、そして、なら五年の、五十五年の記念祭が、ね、輝かしくおかげを頂いたならば、アンタ達の身にも家にも輝かしいごひれい、おかげが頂けるだろうと言っておられます。
ね、そういう事どういう事かて言うと、神様の事を一生懸命願えという事と同じ事でしょうが。神様の御繁盛の為に身を削り、心を削りして繁昌、えー、神様の繁昌を願っておると言うのでしょうが。ね。ですから、今度はなら店の方達もそうです。ね、私はそれを思うて、例えば庭園の方達が、その自分の勤めておる店の為に一生懸命参ったり、拝んだりしよる。その店そのものが、誰々、何々商店ではなくて、神様の御店として頂いておるから、この中にそれが書いてあります。
ね、神様のお店の、言うならば番頭さんであり、女中さんである。店そのものは、社長さんは神様だ、店主は神様なんだ。そこに仕えておる、だから店員さん達が店のことを一生懸命繁昌するように願うという事は、神様のお店が繁昌するように願う事ですから、お店の方達がまた、力を受け、おかげを受ける事が分かるでしょう。ね。ですから、問題はそのスッキリと神様の御店である、神様のお教会である、神様がお建てになったんだこの教会はというところのです、確信が出けてから、教会の事を願うのだから、教会の為に身を削り心を削りして修行するのだから、お徳を受けんはずはないという訳なんです。
皆さんでもそう思われるでしょうもん。合楽の教会は、ね、確かに神様が建てなさったとよ。先ずここが分からにゃいかんです。と言うて、ならその、おかげというものがです。さあ、天ばらや明日おかげを受けたかというとじゃない。20年も、あちらが五十年になりますが、20年、30年と信心を続けておられます。いわゆる、迷い信心ではなくて、その事を続けておられる。その中には、もう様々な難儀を通ったろう、辿らせて頂いて、なら今日のこのようなおかげを受けておるという事が書いてある。
ね、場合によったら、もう家事で丸焼けになったというような人達の話がある。けれども、その、それを全部おかげで受けよ、おかげで受けよと教えておられます。ね、いわゆるここで言う、成り行きを大事にしよう、御事柄として受けて行けという事なんです。もう、それ、それだけです、阿倍野の先生の説いておられるのは。どんな事があってもおかげで受けて行け。そして、辛抱して行け。しかも、一人じゃいかん、家族勢を揃えて朝参りをせよ。なるほど、そういう熱心な家族の方達が年々、月に一回の御本部参拝ですから、やっぱり家族挙げて一日休日お休みにして、御本部参拝をする。
もちろん、道のりも大変ここよりも近いですから、もう一日、日帰りで出来る訳なんです。ね。もうだから、常日頃がついっぱいの信心をしておるという事が分かりますですね。だから、ならこういう九十年の記念祭と言うて、家辺りは日頃、ね、八十名かそこそこのお参りしかないのです。けれども、さあ記念祭と言うたら、なら250人はあるという事がです。その差がない、阿倍野の場合は。いかに阿倍野が力が、力を持っておられるか。信者さん方が信心が分かっておられるかという事が分かります。
ね。そういう記念祭の時も二列車、毎月の月参りも二列車。それじゃ、えらいこう勢いがなかごたるというような見方もある、そうじゃないです。もう、常日頃についっぱいの信心をしておられるなという事が分かるでしょうが。ね。私はね、今日はこの25節を頂いてから、先ほど子供達に話させて頂いた事を思うてです。もう合楽の場合、本当これは合楽の場合で誰でも同じでしょうけれどもです。ね。そういう私が頂き方をしておりますから、もう限りなく大きく、限りなくおかげの頂けて行けれる内容を持っておる。
だから、皆さんもやはりそういうおかげを、一切を何もかもをおかげで受けて行け、おかげで受けて行けで、おかげで受けて行かせてもろうて。ね、しかも迷う事なく信心辛抱させてもろうて。そして、一人よりも二人、二人よりも五人。家族連れだけではない、自分の周辺にまでその信心が進められ、広められて行くのですから、もう信心がいよいよ迷わず、大きくなって行くばっかり。だから、大きなおかげを頂いて行く事が出来るという事になるのです。私は今日、大きな信心には必ず大きなおかげが受けられる。
ね、言うたり、願うたりしておる事が、ただ大きな事ばっかり言うておるというのじゃなくて、その大きなおかげがちゃんと伴うてくるほどしのおかげ。それは、んなら半年で大きくおかげ頂いた、一年間でこげんなったと言うのではなくてです。そういう信心が20年、30年と続けられて行く内にです。もう自然にただ大きゅうなって行くばっかりという、おかげ。
ね、五十五年、五十年という歴史を持ったお教会の事ですから、その信心の内容もです。主人だけが、家内だけがというのではなくて。家族中がそうである。しかも、御本部へ月参りという時には、もう毎月が家族を挙げて御本部参拝をしておるという印がです。この九十年祭にでも、やはり二列車であるという事から、それと、これと思い合わせてです。はあ、阿倍野の素晴らしさはここにあるなという事を、私は感じます。ね、そういう信心が、私は大きな信心と思う。それには、大きなおかげを頂かにゃならん。
自分のことだけが、まっ、昨日のある先生が、ね、そのおサルさんからおにぎりご飯もろうてある。自分がままになるという、ままになるから、例えばこうして、私が、ね、大坪家の生活の為に私がここにもし座るとしたら、値打ちはなかです。ね。それこそ、大きな信心。人が沢山助かって行く事の為に、私はここに奉仕をしておるという事になって、初めて値打ちがあるのであり、同じに、ならままになるという事は、それこそ、私は今朝からあの天の廃材という事を、もう本当にこちらのが高められれば高められるほど、天が配ってくださるおかげというものは、尊い事になって来る、大きい事になって来る、立派なことになって来るんです。ね。
だから、生活の為にここに奉仕をする。生活の為におかげば頂かんならん為に信心しておるのじゃない。ね、信心のための信心。神様に喜んで頂くための御用が出ける事の為の信心。だから、おかげは健康の上にも、ね、家繁昌の上にも、ね、家庭円満の上にもです、おかげが受けられる事が分かる。もう、それからもう一つ私は、あの、有り難いなあと思っとる事はね、阿倍野にもやはり五つの願いっていうのがあるという事です。良く似てますけど、だいぶん違いますけれどもね。あの、ほほお、阿倍野にもやっぱ五つの願いがあるなあと。
ね、これはまあ、皆さんは合楽で言っておるあの五つ願いってものは、どういう意義を持つものか。ね、ああいう内容を祈りの内容としてです。おかげを受けさせて頂いて、いよいよ大きな御用が出けます事の為に、大きなおかげを頂き、信心をさせてもらう。その為にはどういう事の場合であっても、力を頂かなければならんから、力を頂く為のおかげとして、一切を、おかげをおかげで受けて行け。これは伊藤先生のお言葉です。何事も、何事もみんな、おかげ、おかげで受けて行けと。もうこの一点張りです。
そして、例えば私どもが、まあ前代未聞と言うて良いでしょうね。金光教始って、教会でですよ。ね、毎月御本部月参りが二千人もあっておるといったような教会まだ今までかつて聞いた事がないです。一列車ずつぐらいなら玉水教会やら、泉尾辺りはお参りがあっておるようですけれどもね。そして、記念祭なんかの時にはガバーッとそれは、何列車ち参りなさるかも知れませんけれども、私は阿倍野の素晴らしさはね、その記念祭であろうが、月々であろうが同じであるというところに素晴らしさを感じますね。
内容がそれだけ信心が出けとるという印です。ね。しかも家族を勢を揃えて。ね、しかも朝参りに打ちこめと。これは、もうどこの御教話の中にでも、その事が出て参っ、来ております。他の事は言うちゃないです。そして、阿倍野教会の大発展を願えとこう言っとられる。阿倍野教会が大発展を遂げた時には、貴方がたも大発展が遂げれるんだ。それは、阿倍野の教会が伊藤幸という先生の物ではなくて、神様がお建てになった教会だから。ね、この教会が大きくなる事は、それだけ大きく社会に潤す。それだけ多くの人が助かって行くという事を意味するから。それを確信しておられるからなんです。私もそうです。
ね、ですから皆さん、本気でね、まあ、言うならばこの次にも8月の御大祭があります。ね、またはこの30日には祈願祭が、悪疫予防、交通安全の大祈願祭があります。だからその、教会のそういう事のあることの、一月なら一月前からその事を祈り続ける。ね、一人でも多く沢山な人がお導きを頂いてお参りが出来るようなおかげを、祈り願うという事にです、本気で願ってそれが繁昌するならば、その繁昌がそのまま私どもの繁昌に繋がるというような内容の願いでなからなければ、もちろんなりませんですね。どうぞ。
末永信太郎 ( 7月16日 )